阪神内燃機工業を知る INFOGRAPHICS

INFOGRAPHICS
01

1918~1936 阪神鐵工所の誕生

創業者小曽根喜一郎
創業者小曽根喜一郎
初代社長小曽根貞松
初代社長小曽根貞松

明治期に発展した小曽根財閥を率いる小曽根喜一郎は、1918(大正7)年1月に株式会社阪神鐵工所を設立、社長には長男の小曽根貞松が就任しました。神戸市は長田の地に近代的設備を持った工場を建設し優秀な人材を集め石油発動機の製造を始めました。1923(大正12)年には早くも農商務省の認定工場となり技術の高さを証明し、1925(大正14)年には無水式ボリンダー型焼玉機関を完成させ各地の博覧会や共進会で数々の賞を獲得しました。昭和に入り貞松の婿養子小曽根真造が入社、欧州遊学の経験から一早くディーゼルエンジンの将来性に着目し1929(昭和4)年には技術導入したディーゼルエンジンを初めて完成させました。このエンジンは後に神戸海港博覧会の発動機審査会で第一位となりました。1937(昭和13)年には欧米視察を終えた技術陣が自社設計で初のディーゼル機関Z6K型の開発に成功しました。

創立当初の兵庫工場全景
創立当初の兵庫工場全景
兵庫工場内にあった最新鋭の機械工場
兵庫工場内にあった最新鋭の機械工場
阪神B型石油発動機
阪神B型石油発動機
初のディーゼルエンジンT4E型150馬力
初のディーゼルエンジンT4E型150馬力
神戸海港博覧会記念絵葉書
神戸海港博覧会記念絵葉書
初の自社開発Z6K型800馬力ディーゼルエンジン
初の自社開発Z6K型800馬力ディーゼルエンジン
02

1937~1950 戦時体制から敗戦、復興へ

戦時下の試運転工場、手前に焼玉エンジン、奥にディーゼルエンジンが見える
戦時下の試運転工場、手前に焼玉エンジン、奥にディーゼルエンジンが見える

戦時色が強まっていく中、1938(昭和13)年、軍の秘密工場に指定され海軍の管轄下に置かれ自由に物を造れることができなくなっていました。1939(昭和14)年には小型機種生産のために茨木工場を建設しましたが海軍型中速4サイクル機関の生産を余儀なくされました。1943(昭和18)年に大型機種生産のため建設に着手した飾磨工場はその大半の完成を見ずに敗戦となりました。1944(昭和19)年4月小曽根真造が社長に就任、社名も阪神内燃機工業株式会社と改めました。1945(昭和20)年の神戸大空襲で本社事務所は全焼、本社工場は社員の必死の消火活動により奇跡的に全焼を免れました。
戦後は食糧難解消のため漁業が奨励され、戦後復興に協力すべく会社をあげて漁船用エンジンの生産、販売に取り組み会社再建の足掛かりとなりました。

1937(昭和12)年頃に発行された絵葉書(本社工場全景)
1937(昭和12)年頃に発行された絵葉書(本社工場全景)
1974(昭和49)年まで30年近く社長を務めた小曽根真造
1974(昭和49)年まで30年近く社長を務めた小曽根真造
海軍中速4サイクル機関工場となった茨木工場正門前
海軍中速4サイクル機関工場となった茨木工場正門前
完成を見なかった飾磨工場建設起工式
完成を見なかった飾磨工場建設起工式
初のオリジナルエンジンZ6K型800馬力を搭載した東京丸、1942(昭和17)年アメリカ軍の魚雷攻撃で沈没
初のオリジナルエンジンZ6K型800馬力を搭載した東京丸、1942(昭和17)年アメリカ軍の魚雷攻撃で沈没
戦後の食糧難時代に活躍した漁船用6EC型エンジン250馬力
戦後の食糧難時代に活躍した漁船用6EC型エンジン250馬力
03

1951~1964 新分野への進出と創立40周年

創立40周年記念式典(神戸国際会館)
創立40周年記念式典(神戸国際会館)

1952(昭和27)年頃からディーゼルエンジン業界は活況を呈していました。カツオ・マグロ漁船の増トンが認められ北洋サケ・マス漁業が再開され、エンジン需要の増大に応えるべく次々と新機種エンジンを開発しました。1954(昭和29)年には4サイクル6ZS型エンジン、1956(昭和31)年に6TS型エンジンを開発し、1956(昭和31)年には可変ピッチプロペラの生産に乗り出しました。
岩戸景気が訪れた1958(昭和33)年、創立40周年記念式典を挙行しました。景気上昇は電力消費の増大となって現れ大容量の発電用ディーゼル機関の需要が増えてきていました。エンジン以外でも1962(昭和37)年に油圧遠隔操作装置などの精密機械を製作する明石工場を建設しました。環境問題へのアプローチは早く1963(昭和38)年にエアードアーを開発し、1964(昭和39)年に電気集塵装置を開発しました。環境重視企業としての初名乗りでした。

日魯漁業納入の漁船用エンジン6EP型270馬力
日魯漁業納入の漁船用エンジン6EP型270馬力
業界トップでJIS認可を取得
業界トップでJIS認可を取得
新製品の可変ピッチプロペラを開発
新製品の可変ピッチプロペラを開発
大和紡績納入の発電用エンジンS6N型300KVA
大和紡績納入の発電用エンジンS6N型300KVA
V型発電用エンジンS12SSH型2,000馬力
V型発電用エンジンS12SSH型2,000馬力
タンカーに搭載された油圧装置ハンシン・マロール
タンカーに搭載された油圧装置ハンシン・マロール
04

1965~1970 深刻化するディーゼル不況と基盤強化

小曽根社長と木下社長による合併調印式
小曽根社長と木下社長による合併調印式

東京オリンピックの頃から海運業界では船腹過剰の状態が出現していました。内航船二法が制定され新船建造規制が行われた結果、建造需要が大きく減退しました。1965(昭和40)年、当社も生き残りのため同業の木下鉄工所と合併し鋳鍛工場を神戸から玉津に集約、神戸、明石、大明石、玉津の四工場体制を確立させました。
1966(昭和41)年、他社との共同設計で6LUK27形エンジンを開発しました。低速4サイクルディーゼルエンジンでは前例のない高出力、低燃費を実現させた画期的なエンジンとなりました。後に当社を代表するウルトラシリーズエンジンとして実に20機種が開発され総出荷台数が3,000台を超える大ヒット商品となり業績に大いに貢献しました。

1961(昭和36)年頃の神戸工場の航空写真
1961(昭和36)年頃の神戸工場の航空写真
1968(昭和43)年頃の明石工場の航空写真
1968(昭和43)年頃の明石工場の航空写真
1955(昭和30)年頃の大明石工場の航空写真
1955(昭和30)年頃の大明石工場の航空写真
1968(昭和43)年頃の玉津工場の航空写真
1968(昭和43)年頃の玉津工場の航空写真
ウルトラシリーズ6LU35形1,800馬力
ウルトラシリーズ6LU35形1,800馬力
合併後、創立51周年記念式典(神戸大倉山)
合併後、創立51周年記念式典(神戸大倉山)
05

1971~1993 激変する経営環境とチャレンジ

6EL40形を搭載した外航帆走船ウスキパイオニア号
6EL40形を搭載した外航帆走船ウスキパイオニア号

1965(昭和40)年代に起こった円高や石油危機により原油が高騰、新船建造の中止が相次ぎました。資材高騰により収益が大幅に悪化する厳しい時代に突入しましたが、ウルトラエンジンの販売は好調でヨーロッパへ大量輸出し、韓国メーカーへ技術供与するまでに成長しました。1975(昭和50)年代には経済性を重視したELシリーズエンジンを開発、1980(昭和55)年には世界初の省燃費50%の機主帆従タンカー新愛徳丸が就航、自然エネルギーの利用が注目されました。1985(昭和60)年にはコンパクト化、省力化を追求したLHシリーズエンジンを開発し多種多様な船舶に搭載されました。1991(平成3)年にはメタノールを燃料とする実験エンジンを世界に先駆けて開発しました。また可変ピッチプロペラもCX形に続いてDX形を開発しました。1988(昭和63)年、川崎重工業と技術契約を締結し2サイクルエンジンの生産に乗り出しました。

韓国メーカー(現:STX社との技術供与調印式)
韓国メーカー(現:STX社との技術供与調印式)
最大馬力の6,500馬力6LUS58系エンジン
最大馬力の6,500馬力6LUS58系エンジン
ウルトラエンジンを生産した大物機械工場
ウルトラエンジンを生産した大物機械工場
6EL32形を搭載した機主帆従タンカー新愛徳丸
6EL32形を搭載した機主帆従タンカー新愛徳丸
メタノール専焼エンジンLH28M形1,500馬力
メタノール専焼エンジンLH28M形1,500馬力
川崎重工業との業務提携契約調印式
川崎重工業との業務提携契約調印式
06

1994~2005 度重なる試練

被災し解体中の旧木下鉄工所時代の鋳造工場
被災し解体中の旧木下鉄工所時代の鋳造工場

1995(平成7)年、阪神淡路大震災が発生、神戸市中央区の本社と玉津工場に被害が集中し鋳造工場の建て替えを余儀なくされました。1997(平成9)年には、大手銀行が相次いで破綻するなど日本経済は最悪の状態にありました。さらに1998(平成10)年から始まった内航海運暫定措置事業は内航海運とその関連業界に多大な影響を与えることになり、4サイクルエンジンの受注が激減する事態に追い込まれました。そのような厳しい経営環境の中でも、品質保証システムの国際規格ISO9001の認証取得、2サイクルエンジンの大型化を果たし、新たな技術・サービスの研究に着手しNOxを低減させる技術の研究や沖を走る船のエンジンの状態をエンジンメーカーが陸上から24時間監視する高度船舶安全管理システムの研究を続けてまいりました。

被災した本社近くの神戸市中央区の旧居留地地区
被災した本社近くの神戸市中央区の旧居留地地区
震災後1年内で建て替えした新鋳造工場
震災後1年内で建て替えした新鋳造工場
明石工場で催された創立80周年記念式典
明石工場で催された創立80周年記念式典
大型2サイクル機関を搭載した川崎汽船の自動車運搬船
大型2サイクル機関を搭載した川崎汽船の自動車運搬船
日本海事検定協会よりエンジン大気汚染防止鑑定書を取得
日本海事検定協会よりエンジン大気汚染防止鑑定書を取得
明石工場に設置した船舶の陸上支援センター
明石工場に設置した船舶の陸上支援センター
07

2006~ 経営改革と未来への挑戦

創立100周年記念式典(神戸ポートピアホテル)
創立100周年記念式典(神戸ポートピアホテル)

未来を託せる新型エンジンとして油圧動弁方式を採用したLAシリーズエンジンを順次開発し顧客のニーズに応えています。低NOx、低振動、低騒音、メンテナンス容易、インターバル延長、信頼性・耐久性の向上を果たしたエンジンとして好評を得ています。2008(平成20)年の創立90周年記念式典を史上最高益で迎えることができました。翌年、播磨工場を建設し念願であった臨海部への進出を果たしました。
また、高度船舶安全管理システムを開発し貨物船、油送船、セメント船、コンテナ船などに実績を上げてきました。2015(平成27)年、世界初の低速4サイクルの電子制御エンジンLH46LAE形の開発に成功し燃費の大幅な改善を実現しています。その後もLH41LAE形、LA32E形を、2サイクルの電子制御エンジン6S30ME-B9形、6S35ME-B9形を世に送り出しています。2018(平成30)年、創立100周年を迎え、新たな可能性を秘めたガスエンジンG30形エンジンを開発しました。

LAシリーズエンジンLA34形2,500馬力
LAシリーズエンジンLA34形2,500馬力
200トンクレーンを装備した播磨工場
200トンクレーンを装備した播磨工場
電子制御エンジンLH46LAE形4,500馬力
電子制御エンジンLH46LAE形4,500馬力
高度船舶安全管理システム支援センター
高度船舶安全管理システム支援センター
ガスエンジンG30形実験機関
ガスエンジンG30形実験機関
神戸市中央区海岸通りの本社事務所玄関
神戸市中央区海岸通りの本社事務所玄関